ほぼ日刊イトイ新聞

妻 と 夫 。 01 Nさんご夫妻 友だちでも、両親でも、ご近所さんでも、 「妻と夫」を見ていると、 なにかとふしぎで、おもしろいものです。 ケンカばっかりしているようで、 ここぞの場面でピッタリ息が合ってたり。 何でも知っているようで、 今さら「え!」なんて発見があったり。 いつの間にやら、顔まで似てたり‥‥。 いろんな「妻と夫」に、 決して平凡じゃない「ふたりの物語」を、 聞かせていただきます。 不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

01 妻の記憶がなくなった。

──
どんなご夫婦なんだろうって思いながら、
電車に乗って来ました。
Nさん
じつは、今回の件については、
妻に、まったく知らせてなかったんです。

──
それは、投稿自体を?
Nさん
ええ、投稿したことはもちろんですが、
採用していただいたことも、
こうして本に載せていただいたことも、
妻には言ってませんでした。

ですから、今回、
取材というお話をいただいたのを機に、
告白しまして(笑)。
──
奥様は「ほぼ日」のことは‥‥?
Nさん
知りませんでした。
奥様
すいません。

──
いえいえ、じゃあ、
「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトの、
「今日の小ネタ劇場」のなかの、
「今日の女房」に載ったって聞いても。
奥様
はい、ぜんぜんピンときませんでした。
「え、わたしのこと書いたの?」って。
──
ちょっと調べたところ、Nさんからは、
それまでも
何度か投稿をいただいていたのですが。
Nさん
そうですね。
──
そんなにたくさん投稿をくださる人では、
なかったんです。

なので、
どうして、ああいった投稿を送ろうって
思われたのかなあ‥‥と。
Nさん
ああ‥‥。
──
だって、ある意味では、
ほぼ日へ投稿することに慣れているような
常連投稿人さんでも、
おいそれとは、難しい内容じゃないですか。
Nさん
そうですね、妻のことは‥‥
つまり「脳発作」で倒れたあとの妻から、
一時的にであれ、
記憶がなくなってしまったことは、
友人はもちろん、
親にも兄弟にも実の娘にも、
打ち明けられないところがあったんです。

──
お子さまにも。‥‥そうですか。
Nさん
じつは妻が倒れたのははじめてじゃなく、
今回で3度めだったんです。

全身状態としては、
4年前、最初に倒れたときが最も深刻で、
意識不明、心臓が3回も止まって、
自発呼吸もできなくなり、
人工呼吸器をつけてICUに入れられて。
──
ええ‥‥。
Nさん
でも、辛うじて、いのちは助かりました。
──
辛うじて、というレベルですか。
Nさん
2度目は、この家(=ご自宅)の2階で、
発作を起こして倒れたんです。

そのとき、たまたま1階にいたわたしが、
心肺蘇生して、救急車を呼んで。
──
心肺蘇生‥‥。
Nさん
で、最後の3度目は、
もう少し発作がゆるやかだったんですね。

わたしがとなりにいるとき、
妻が「なんかおかしい」って言いだして、
直後、身体が硬直していって‥‥。
──
はい。
Nさん
そのまま、救急車で搬送されたのですが、
ありがたいことに、
今回も、いのちは助かりました。

ようするに、回を追うごとに、
症状が軽くなっていってるんですけども、
自分としては、
心臓が3回も止まった1度目の発作より、
比較的、
症状の軽かった3度目のほうが、
精神的なショックが、大きかったんです。
──
それはやはり、奥様の記憶が‥‥。
Nさん
はい、昏睡状態から目を覚ましたときに、
わたしの顔を見るなり、
キョトンとして「どなた様ですか」って。

──
投稿の文面にも、
「知り合ってから30年、
付き合いはじめてから25年、
結婚してから22年。
ふたりで歩んできた歳月すべてが
消え去った瞬間だった」
と書かれていて、
その重さ、想像もつかないです。
Nさん
やっぱり、わたしのことが
誰だかわからなかったことがショックで、
そのことを、
すぐには子どもにも言えませんでしたし、
親にも、友人にも‥‥。

かといって、
ツイッターでつぶやくようなことでも、
ないじゃないですか。
──
自分のなかに抱え込むしかなかった?
Nさん
だから、周囲の誰にもわからないように、
愚痴じゃないですけど、
もう誰でもいいから、
知らない誰かに聞いてほしいと思って、
ほぼ日さんに、送ってしまったんですよ。
──
はー‥‥そういうことだったんですか。
投稿というよりも、むしろ。
Nさん
まあ、送信ボタンを押すまでには、
50回以上、
ちょこちょこ書き直してるんですけど。
──
そんなに。
Nさん
表現が生々しすぎると、
読んでくれるかもしれない乗組員さんたちが
嫌な気持ちになるかなとか、
そう思うと言葉選びが難しかったです。
──
なるほど。
Nさん
でも、精神的にどうしても、
いわゆる「ガス抜き」とでも言いますか、
誰かに聞いてほしくて‥‥。

すいません(笑)。
──
じゃ、掲載されるかどうかについては。
Nさん
考えてもいませんでした。

そもそも‥‥投稿したという感覚では、
なかったような気もしますし。
──
そうみたいですね、聞いてると。
Nさん
でも、エイヤって送信してから数日後、
会社のお昼休みに、
いつものように「ほぼ日」を開いたら、
「今日の女房」の欄に
自分の投稿が、載っておりまして‥‥。
──
はい。
Nさん
「ヤベェーーーーーーっ!」って(笑)、
「載っちゃったァーーっ!」って(笑)。

──
まさか掲載されるとは、と?(笑)
Nさん
よく採用されたなあって思いました。

だって、
楽しい内容じゃないじゃないですか。
──
たしかに、「今日の小ネタ劇場」って、
基本的には
「明るく、朗らかで、楽しい」投稿が
ほとんどなので、
正直、ちょっと迷ったんですけど、
でもそれ以上に、
Nさんの文章に感動しちゃったんです。
Nさん
いやあ‥‥。
──
読者のみなさんからの反響も多くて、
「いつものように、
笑うつもりで小ネタ劇場を開いたら、
泣かされた」
みたいな感想がたくさん来ました。
Nさん
えっ、そうなんですか。
──
はい。
Nさん
申しわけない気持ちです‥‥なんだか。

そもそも、どうにもならない気持ちの
「ガス抜き」だったので‥‥。
──
さらに、こうして書籍化された際にも、
和田ラヂヲ先生が、
こんな、とてもいい感じのイラストを
添えてくださいまして。

Nさん
本当に、申しわけないですし‥‥
本当にありがたく思います。いろいろ。

<つづきます>

2017-06-28-WED

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