「小林秀雄、あはれといふこと。」連載1001回を
記念しての糸井重里のことばは、こちらからどうぞ。


しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の千壱・・・永遠

北小岩 ざっざっ
北小岩 「かなり登りましたね」
小林 「まだ着かんのか」

「誰にも知られていない秘境ですからね」

山学者・マウント最古理(マウント・もっこり)氏の
後ろをついて行く師弟であった。

ざっざっざっ

マウント
最古理
「ここです」
小林 「この山を入れて
 峰が四つあるが
 何の変哲もないように
 感じるな」
マウント
最古理
「よ〜く耳と鼻を
 すませてください」

ぷ〜

北小岩 「むっ!」

ぷ〜 ぷ〜 ぷ〜 ぷ〜

小林 「これはまぎれもなく
 屁の音や」
北小岩 「おならが四方を
 駆け巡っているのでは
 ないでしょうか」

もわ〜 もわ〜 もわ〜 もわ〜

小林 「確かに
 屁の香りもするな」
北小岩 「どういうことなので
 ございましょうか」
マウント
最古理
「奇跡の山なのです」
北小岩 「はい」
マウント
最古理
「実際に音も香りも
 四方の峰を
 駆け巡っているのです」

北小岩 「なんと!」
マウント
最古理
「私の研究では
 これは69万年前の
 人類の祖先の屁です」
北小岩 「そんなことが
 起こりうるのですか」
マウント
最古理
「人類の祖先が
 遠くに届く屁をこいた。
 その屁の音と香りが
 もうこれしかないという角度で
 向こうの峰にぶつかりました。
 そして屁の音と臭いは
 さらにこれしかないという角度で
 あっちの峰に当たってはね、
 結局四つの峰を
 駆け巡っているのです」
小林 「音に関しては
 やまびこもあることやし
 納得するが、
 香りに関しては
 実際に香っとるのか、
 音のもたらす幻影によって
 香る気がするのか
 びみょ〜やな」
北小岩 「パブロフの屁かも
 しれませんね」
小林 「だが、
 今が俺と北小岩が
 後世まで名を残す
 チャンスやな」
北小岩 「そうでございます!
 先生もわたくしも
 おならの音と香りには
 自信がございます」

師弟はズボンとふんどしを同時にはずすと、
これしかないという角度でケツを固定させた。

小林 「69万年後の人類に
 俺たちの屁の
 音と香りを捧げるんや」
北小岩 「歴史に屁を残しましょう!」
小林 「全精力を
 肛門に集中するんやで」
北小岩 「がってんでございます!」
小林 「いくぞ!
 へっ、へっ、へっ、
 屁〜〜〜い!!」

ぶ〜 ぶりっ!

ぶ〜 ぶりっ!

小林 「しまった!
 力みすぎて
 屁と同時に
 実までだしてしまった!」
北小岩 「わたくしもでございます!」

屁は峰まで届かず、
しょ〜もない香りが
ただ風の中に舞っただけであった。

『屁はすれど実はだすな』

その格言だけは永遠に心にとどめておきたい。
 

小林秀雄(下)
一〇〇二話をつくった人。

糸井重里(萬流コピー塾家元)

疑われてもいないうちから白を切るわけにも行かない。
正直に言っておくが
『星新一(上) 一〇〇一話をつくった人』
という本があるのだ。
この短文のタイトルは、その本の題名のパクリである。
じぶんに都合よくいえば、オマージュである。

1998年、ほぼ日刊イトイ新聞の創刊時代から続いてきた
小林秀雄の「あはれといふこと」の連載が、
うっかりしているうちに第一〇〇〇回になってしまう、
ついては、キリのいいところで店仕舞にして、
いやぁよくがんばりましたなぁとかなんとか
ぐだぐだと褒め合ったりしましょうか、
という相談を受けて、それはそうだなぁと、
それにしてもあのような「絵と文」を千回も、
よく書いてこられたものだなぁとしみじみしたのだが、
一〇〇〇回という数字はキリがよすぎて小林秀雄らしくない。
かといって、九九九回にすると
そのあとにも「続く」ような気もしちゃうし、
一〇〇一回でも「千夜一夜物語」のようでかっこよすぎる。
ぐずぐずと一〇〇二回を最終回とするのはどうだろうか。
というようなことをわたしは提案したのだが、
そこらへんは、どうなったのだろうか。
あたりの様子では、一〇〇一回を最終にしているようなので、
そうはさせじと、この文のタイトルを
「小林秀雄 一〇〇二話をつくった人」としておいた。

もともと小林秀雄は、人工物なのである。
小林家に男児が生まれたときに、
おとうさんだかおじさんだか坊さんだか先生だかが
「秀雄」と名付けてしまった。
これが小林秀雄の誕生であった。
名付けた人が、文芸評論界の頂点「小林秀雄」の存在を
知らぬはずはなかったろう。
畏れ多いと震える者などもいるなかで、
「でもいいや、行っちゃえ!」と名付けて
区役所に出生の届けまで出してしまったのある。
この「でもいいや、行っちゃえ!」こそが、
こっちの小林秀雄(下)の人生を運命づけた。
なにも知らぬ人は、小林秀雄と聞いたら
当然のように文芸評論家を想像してしまうだろう。
しかし、そっちじゃないのだ。
そっちの方じゃないけれど、こっちだって本名なのだ。
ほんとうにここに小林秀雄がいるのだから、
天に恥じ入ることもない。
「でもいいや、行っちゃえ!」はそのまま続くのである。
下ネタが過ぎませんかと言われても、
「でもいいや、行っちゃえ!」の精神で乗り越えてきたし、
「私、脱いでもすごいんです」とか、
コピーライターの仕事などでも行っちゃってきた。
どうしても信じられないという者は、
彼の会社「おてもやん企画」のサイトを見たらよい。

おてもやん企画とは

なんにせよ、時は過ぎ、金は天下を回る。
みんながげんきでたのしく過ごせることを、
つよくのぞむものです。

社名を考えたわたしとしては、
墓碑銘なども考えてみたい。
小林秀雄の墓には、ぜひ、こう刻んでほしい。

ちんちんとか
いわぬものにも
ちんちんはある。

小林秀雄