MASUNO
このごろのもりまりこ

あぁ、さぶおますなぁと問いかけてみても、
ほんまどすとひとっこひとり答えてくれないということは、
なんちゅうさぶいことでっしゃろ。
と、あまりにも知られ過ぎている
あの名歌の輪郭がひしひしと身にしみてくる、
このごろです。

大阪弁ちょっとつかってみました。おそるおそる。
わたしは西の都に住まうようになって
もうずいぶん経つのですが、
いつもは軽めの関西ニュアンスしか
もちあわせていないもんで。
いや、いないもんでって気付きはじめたのもつい
今年に入ってからなんです。

というのも、時折東の都へとおじゃまする機会が増えて、
発見したのですがね、自己紹介かなんかで
大阪からやってきました某ですと挨拶しますでしょ、
そしたらみなさんおっしゃるんですよ。
開口一番。関西訛りでませんねぇって。
へっ。なんかわたし間違ってる?って感じですよ。
いきなり。
つまりテキはこう言いたいんですね。
関西の人だったらあのコテコテした音を
期待してたのになぁ。つまんねーの。
すなわちですね、もうヒザカックンされたみたいな
気分をわたしの『うすあじ関西色』で味わされたっていう、

ちょっとミディアムな落胆のリアクションなんですね。

そんな景色をお相手の方のお顔にみつけたときや否や、
もうなんというか、こっちのほうが
ぶるーになってしまいます。
おもろなくってごめんなっ!ていうんですか。
でもわたしはいつでもうすあじで通してしまうんですよね。
そういうときはちゃんとサービスしてですね、
でんねんまんねんを使い倒すという
すべもなくはないんですが、かわいくないっていうか、
かたくなというか、まあ似合わん事は
せんとこっていうやつで。
だからこころのなかではもううすあじだけど、許してね。
って思いでいっぱいなんです。

この間もそうでした。
東にお住まいのきれいなお姉さんがおっしゃったんです。
『関西の男の人って、なぁネエちゃん、
茶ぁしばきにいかへんかぁって口説くんだよね』って。
だって茶ぁをですよ、しばきにだなんて、
もうそんな絵にもかけないその世界を
わたしの目の前の見知らぬ男がのたまうところなんか、
ああいちどでいいからきいてみたいもんです。

むっかし、『紳・竜』の漫才で聞いたねちっこいフレーズ、
もう懐かしゅうございました。
関西とか大阪のかてごらいずのされかたって、
日頃、東京発のニュースなんかでいやというほど、
目の当たりにしているのですが、やっぱ違いますね、
そんな肉声をきいてしまうと、もう感心しきりです。

じゃ、君は大阪に住みながら
ねばっこい大阪言葉をいちども吐いた事はないのかね
と問われますとですね、それがあるんですよ。
あれはもう片手分ぐらい昔のことでしょうか。
M線の第一車両に気前よく乗った時。
もう信じられないのですが、その車両はまるごとまるで、
『痴漢列車』状態でしてね。
わたくしは、徹夜明けのからだじゅうを
その酒くさい息の輩達のもう千手観音のごとくの
指やあらゆる場所できづかぬうちに
まさぐられていたという想像を絶する
体験をしたことがありました。
で、そのときアロンアルファな瞬間の恐怖と
マッハな怒りが同時にこみあげてきてですね。
思わずそのおやっさんたちに放ったわけです。

『われーなにさらしとんじゃい、
いいかげんにせえよこのぼけあほっ、
★?× すぞっ!』
ってな感じですね。
そうそうイタ電の時もときどきそういうふうに
すみやかに対処させて頂いてます。
つまりあれです。もはやわたしにとっての関西弁とは、
じぶんの身に危険をいちじるしく感じたときにのみつかう、
保身術のような維持費のいらないセコムのような
まあそんな存在ということでしょうか。
いざというときには関西弁、知ってて損はない関西弁、
あなたのおそばに関西弁。
どうぞ御活用くださいまし。
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関西在住のもりまりこがいちども大阪弁を使わず
に詠んだはじめての歌集『ゼロ・ゼロ・ゼロ』
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1999-12-18-SAT

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