MASUNO
このごろのもりまりこ

たとえばぷちぷち。
お菓子の詰め合わせセットとかの中に入っている、
あのビニル製凸凹クッションのことです。
幼稚園ぐらいのころ、よくおばあちゃんとふたり
して『ぷちぷちまにあ』していました。
おばあちゃんはやせっぽちの長い指で、とにかく
ていねいにあれを押してゆくのです。
きもちのいいぐらいの軽やかな破裂音を放ちながら。
で、わたしはというとちっちゃすぎる指でときおり
不発をくりかえしながら。
少しばかし不器用な音たてながら。
柔らかな指をそっとやさしく押し返すあの感触。
ぷちん。というあのビニルの声。
もうたまらなく好きでした。
で、おばあちゃんはいつも先に終わってしまって、
わたしのぷちぷち攻撃を静かに見守っているのですが、
申し訳なさそうにわたしのぷちのはしっこに指かけて、
ゆっくりとぷちんとやるのです。
そして、すべてをおしまいにしてビニルのあれを
前にしてちょっと、ふたり訳もなく微笑んだりして。
でも、わたしはもしかしたらまだいっこぐらい
押し忘れた『愛しのぷち』が残っているかもしれないと
いっしょうけんめい探すのですが。そういうときに
みつけたおもいがけない『たったひとつのぷち』は
妙に愛しくって。でも、いつもほんとうのおしまいが
訪れるとしみじみ思ってしまうのです。
もうぜったいやるもんかって。
だってそこには無惨なビニルのぬけがらが残ってるだけで。
まったくの荒野なんですから。
『いちまつのさびしさ』っていうんでしょうか。
こどもごころにそんなことを思ったことがありました。
今もすこしぷちぷちに指を触れてみて思うことは。
結局ふにゃんとした空気の粒を征服するときの
あのきもち。それはどきどきやわくわくやうっとりが
ぜんぶないまぜにしたような感じで。
ささやかなしあわせな出来事みたいなものなんですね。
『HAPPY』の語源めいたものが偶然や運をあらわすことば『HAP』から
きていると何かで読んだことがあるのですが、まさに
あのいっこいっこのぷちは、そんなであいがしらな賜物です。
ひとつずつの『HAP』をとにかく夢中のまんまやさしくプッシュしながら
あきることもなくただその感触と儚い声に一瞬身をまかせ。
それをすべてほんとうのおしまいにしたときに残る
まぎれもないただのビニル。
なんだか夢の跡のような無機質な顔したビニル。
あちこちからやってきた思いがけないかけがえのない出来事に身を浸し
終えたあとにそこにあるもの。
それはとってもみっともなくって、ぜんぜんきれいでもないけれど
でも、捨てるに捨てきれなくていつまでもどこかに
置いておきたいような感じで。
ほんとうにちかごろは、あのぷちぷちの成れの果てこそが、
どうしようもなくじぶんのような感じがしています。
いつだってかわってしまうのは『HAPPY』をいっぱいたずさえた
透明ビニルの凸ばかりで、かわらずにいつもそこにあるのは、
あのなんともいえないひらたい正真正銘の凹だけで。
そう、どんなぷちぷちな出来事が訪れようとも、ね。
どんなにうつくしくなくてもやぶれかぶれでもどこまでいっても
わたしって凹なんだなぁとしみじみ感じているこのごろです。
どないもこないもなんのこっちゃ!ですよね。
あらゆるアングルからすかさずつっこまれてみたいもりまりこでした。

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   ちっちゃなぷちぷちがところどころに
ちりばめられた
もりまりこの第一歌集
『ゼロ・ゼロ・ゼロ』(フーコー/星雲社)。
絶賛発売中でーす。

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2000-01-08-SAT

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