MASUNO
このごろのもりまりこ

あたまでひとしきりくよくしたあとは、
やっぱりわたしからだのことを信じたくなるんですね。

じぶんのからだを。

そんなじぶんのからだから発信している
お知らせぴこぴこ的なものを。
なにかについて精魂つきはてるほど悩んだあと、
もうこれっきしじゃーと飽和状態に陥ったときに、
わたしがかならず求めようとするものは
笑えそうな方向なのですが、つまりその方向への
予兆めいたものが浮かぶときっていうのが、あるんですね。

その瞬間を教えてくれるのが、誰でもないじぶんの
からだなんです。
まっ、あんまり人にははなした事も書いたこともないので
アレですが。
どうしてなのかわからないのですが、
むかしっからわたしそういうときに限って
『おしっこをもらしそうになる』んですね。

つまりわたしにとってのおしらせぴこぴこ的なるものが
それなんです。
じぶんの重たくひきずっていたモードがなんか、
なんの根拠もなく切り替わりそうっ!
とひとすじの光がみえるとき、きまってやってくるのが
『もらしてしまいそう』な気分なんです。

いうなれば、昔の人が云っていた『虫のしらせ』
っていうののちょっとあかるめバージョン
というところでしょうか。

その『もらして・・・』がやや進化して
『ちびりそう』にかわるときそれがホンモノの光の
確信を得るときなんですね。
いきなり目の前を重たく閉ざしていたシャッターが
その存在さえなかったかのように見える
瞬間というんでしょうか。

わけわかんないけどなんか感じる。すっげ〜感じる。
もう堰をきったように、これが怒濤のごとくか〜!
ってぐらいに。

で、そういうときにたとえば、
なにしたくなるかっていいますと、とりあえず
落ち着こうということで、だいすきなスガシカオを
聞いたりするのですが、なんせからだは
『ちびりそう』スイッチが入ったまんまなんで、
そわそわが細胞分裂していって、もうぞわぞわな
感じになってしまい、彼の耳ン中の声なんかに
放心することもできなくなってしまって、
で、ほんとうに何するのかっていいますと、
あんまり大きな声でいえなくて
もじもじしてしまうのですが。

なんちゅうか、歌を作ってしまうんですね。

いわゆる『歌を詠む』っていう行為と
捕らえて下さってかまわないんですが。
そう。短歌を作ってしまう行為に走ってしまうんですよ。
もう気分は『おんな・えせいしかわたくぼく』
とかになってる感じで、
めいっぱい吐き出してしまうんです。

あ〜。
で、あの『ちびりそう』状態はどうなってるかっていうと、

『歌詠み』ベクトルの上をとにかくまっしぐらなもので、
まるっきし忘れてしまってるんです。
そんなじぶんのからだに起ってるちっぽけな現象なんて
知ったこっちゃないってぐらいに。
無責任に、薄情になってですね。

とりあえず、キーボード叩くわけです。
そのときがきっとじぶんにとって
いちばんしあわせなんでしょうね。
『ちびり』モードなんかをいっさい感じずに、
キーボードのアルファべットのどれかに
指を思わず置いてしまうそのせつなが至福なんだと
思います。

でもそんなひとときは終わってしまうと、あっという間で。

コンビニのようには、いかないんで、
いつでもどこでも『ちびりそうにしてあげる』状態には
案の定してくれないんですね。
からだはやっぱ、なまものなんで。
それはありとあらゆることのタイミングがもたらす
イレギュラーな期間限定の感情なんだと思います。

だからさびしいですよ〜。それとお別れするときは。
そんな時はもう覚悟してトイレにいくわけです。
だから、いつだったかテレビの
動物ドキュメンタリーもので、
壮絶な『象のおしっこ』なるものをみたときは、
からだの底からたいせつな
なにかをねこそぎ失ってしまうぐらいかなしいものが
訪れてしょうがなかったです。

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『ちびりそう』モードいっぱいで詠んだ
もりまりこの第一歌集『ゼロ・ゼロ・ゼロ』
(フーコー/星雲社・¥1050)。   
どうぞ、よろしくおねがいいたします!
  
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2000-01-14-FRI

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