MASUNO
このごろのもりまりこ

<わたしのジョージさん>

いつだったか、わたしは質問されました。
『君にパパはいないの?』って。
パパって? どっちのパパですか?
わたしの血に半分加担しているそっちではなくて?
そうそう。誰かのパパだけど、君のパパにも成りうるヒト。
いませんよ〜。とけらけら笑ってみたのですが。

『パパ’』。(パパダッシュと名付けてみます仮に)。
そういや、そういうヒトがいても悪くないかと、
ちょっと目からウロコでした。
周りのひとは、そんなのしんどいよ〜いたらいたでさぁ。
で、その人が『ばいあぐらなおやじ』だったらあんた、
どうすんのよ〜とわたしの身を気遣い、
しきりに『パパ・ダッシュ不要説』を唱える女の人が
たくさんいました。

『パパ’』はともかく、わたしの人生に『ジョ−ジさん』は
今のところいませんが。
谷崎さんという昔の小説家の書かれた『痴人の愛』を
読みふけってしまったのは、幼き中学生の頃でした。
もうその頃からわたしはほんとうのおとうさんに恵まれて
いたにも関わらず、男女の『飼育愛』みたいなものに、
惹かれていました。

つまるところ、『飼育愛』は、女サイドの言い分としては
『嫌われたくない、愛されたい』
その一心で、つきすすむ愛情表現であり。
囚われの愛とでも呼べばいいのでしょうか。
考えようによっちゃ、あぶなっかしい育まれ方なのですが。
そのあやうい感じによろよろしそうになるじぶんも
否めないわけで。
育て甲斐のある女の人と育てたい欲望の塊の男の人とが、
縁あって巡り会い、育みあうなかなかよろこびに
充ちていそうなカンケー性。

『痴人の愛』の場合。譲治とナオミ。とどのつまりは
ナオミが譲治を牛耳っちゃったり、馬乗りになったりして、
譲治は屈服してしまうというシナリオが用意されているの
ですが。あざやかでいてあっさりとした逆転現象のようですが、
譲治はそうゆー飼育方法をナオミにのぞんだということ
だけなのかもしれません。
でもそれも『飼育愛』のひとつなんですね。

でも、やはりはじめめあればおしまいがあるもんで。
たとえば、ジェーン・バーキンもそうでしたが、
こうゆうふたりは女の人がちからの限り育ち切っちゃうと、
じ・えんどがやってくるってのが相場のようです。
種の間はいいんですよ。
どんな花になるかと懸命に水をやったり肥料を施したりと。
でも、やっぱりそのひと粒が思いがけず、
思い描いていたものを超えるすっげー種だった時にゃー、
飼育もつまんなくなったりするんじゃないでしょうか。
飼育愛の賞味期限。それは、未熟な種が土の中で眠る時と
双葉をのぞかせはじめたその直後だけということ?

『ところであんたいくつだ?』
やですよ。無言になんないでください。
そりゃヒトの子のひとりやふたり背たろうててもおかしくない
年端で、こんなこと言うのも戯けてますが。
でも、まだまだ未熟すぎて、やばいくらいなんですよ、わたしは。
ですからどうです?
飼育斐あると思いますよ。で、たまには成長のカケラぐらいなら
みせることウケアイですから。

スロースロークイック、アンドスロー。

ですからね、育ててる間はじゅうぶん楽しめますって。
でどうです?ダンナひとつ、種かっていきやせんか?


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もりまりこの第一歌集『ゼロ・ゼロ・ゼロ』の
(フーコー/星雲社)
ブックでザインをてがけてくださった
立花文穂さんの個展『体からだ』が、
表参道の『ア−トショップナディッフ』
(03-3403-8814)
にて開催されています。(〜2.28)

なお、開催中は歌集も同時販売されています。
みなさまお誘いあわせの上、どうぞお越し
くださいませ。

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2000-02-22-TUE

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