怪・その4

「ひとり言とため息」



何年も前のことです。
夫が足を複雑骨折してしまい、
手術をすることになりました。

私と義母が待合室で待機している間に、
外は暗くなっていました。

手術が無事に終わったころ、
両頬が首の後ろからさーっと冷たくなり
肩がどっしり重く、
胃の辺りを苦く感じました。

軽い貧血かと水分補給をし、
少し目を閉じて椅子で休みましたが、
動けるけれど気分は悪いままでした。
面会も済んで、帰らなくてはなりません。

いったん、トイレに行こうと思いました。

そこは術後の夫も含め、
集中治療の人のフロアでもあり、
ナースコールが鳴り響いていました。

廊下の照明はもう暗めになっていて、
病院内で迷いそうと思いながら
角を何度か曲がり、
周りに病室もないところに
多目的トイレを見つけました。

しかし、トイレの横引きドアが開きません。

中から、
ゆっくりスリッパのこすれる音、
水が流れる音、一人のお年寄りの声がします。
何を言っているのか
はっきり聞き取れないけれど、
不満を言っているような口調。

そして、

「はぁぁーー‥‥。」

低くて、深い深いため息が聞こえてきました。

入院している人が入っているのかな?
そう思ってドアの前で暫く待っていましたが、
周りに椅子もなく、
私は息苦しいような気分の悪さで
廊下の壁を背に床に座り込みました。

何分過ぎても、
水の音、スリッパの音、ひとり言と
また深いため息が聞こえてきて、
なかなか出てきてくれません。

別のトイレを、と思っても、
しんどさからあまり移動する気分になれず、
うつむいてじっと待っていました。

突然、
「大丈夫?
待ってたけど全然戻ってこないから」
義母の声で はっと顔を上げました。
私を探しに来てくれたのです。

状況を説明すると、
義母はドアに手をかけ、
横にスッと開けて中を見渡し、
「鍵もかかっていないし、誰もいないよ」
と不思議そうに私を見ました。

そんなはずは無い、と
ひっそりとしたトイレを見ました。
一度に、気分の悪さは何処へやら、
あわててすぐにそこを立ち去りました。

(k)

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2023-08-04-FRI