ほぼ日刊イトイ新聞

「ヘンタイよいこ」新井紀子は明日への希望を忘れない。

新井紀子x早野龍五x糸井重里

「ロボットは東大に入れるか」という名の
人工知能(AI)プロジェクトがあります。
通称・東ロボくんはソフトウエアなので、
体はありません。記述試験を受けるときは、
「東ロボ手くん」という筆記装置が手伝ってくれますが、
東ロボくんに姿はないのです。
IBMのワトソンや、
プロ囲碁棋士と互角の勝負をするアルファ碁と同じです。
2011年にプロジェクトが始まってから7年が過ぎ、
東ロボくんは大きく成長しました。
模擬試験で好成績をおさめるようになったのです。
でも、東ロボくんの育ての親・新井紀子さんは、
「うちの子」の偏差値があがったことを喜ぶ
“教育ママ”ではありません。
なぜなら、頭のいい人工知能を育てることが
プロジェクトの目的ではなかったから。
人工知能に何ができて、何ができないのか?
その限界をわかりやすく示すことで、
人間はこの先どうやって生きていけばいいか、
一緒に考えたい。
新著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』に
こうした思いをこめた新井紀子さんを、
お招きしてお話をうかがいました。

新井紀子さんのプロフィール

新井紀子(あらいのりこ)

東京都出身。
一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、
イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科単位取得退学(ABD)。
東京工業大学より博士(理学)を取得。
専門は数理論理学。
2011年より人工知能プロジェクト
「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。
2016年より読解力を診断する
「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。
主著に『ハッピーになれる算数』
『生き抜くための数学入門』『数学は言葉』
『コンピュータが仕事を奪う』
『ほんとうにいいの?デジタル教科書』がある。
近著『AI vs 教科書が読めない子どもたち』が
大きな話題になっている。

先生たちの能力を信じたい

2018-05-18-FRI

子どもたちの読解力をあげる方策はきっとある。
新井さんが口にした希望はどこにあるのでしょうか。

早野
2003年ごろ中高生とお母さんたちの
違いに気づいたという話がありましたが、
子どもたちは教科書が読めていないに違いないと
思った一番のきっかけはなんだったんですか。
新井
最初のきっかけは、ある県のいわゆる進学校で、
日本史のテストを受けてもらったことです。
東ロボくんと同じ条件、
つまり教科書とかウィキペディアを検索できる状態で
受けてもらいました。
早野
なんでそれをやろうと思ったんですか?
新井
それで解けるなら、
AIと人が共存して幸せになれるという
シナリオも書けると思ったんです。
早野
なるほど、そういう意味ですか。
新井
AIが検索を支援してくれれば問題解決はできるという
論文をうちの研究員が書きたいと言ったんです。
それで、どうかなあと思いながら、
最後の問題だけ、キーワード検索だけでは
解けない問題をわざと作ったんです。
だから、1番に検索したら答が出る問題、
2番目にちょっと難しい問題を入れて、
3番目に検索だけでは解けない問題を入れましょう、
ということになった。
早野
すると?
新井
そしたら1番が解けなかったんです。
早野
東ロボくんは1番解けるんですよね。
新井
1番と2番まで解けます。
それなのに、高校生が1番に正解できませんでした。
検索したら目の前にバチっと出てくる答を
写すことができなかったんです。
本当にショックでした。
糸井
どんな問題だったんですか?
新井
平安時代の貴族社会では、
女性の地位も重要だった理由を、
当時の家族習慣および政治の構造から
50字以内で述べよ、みたいな問いです。
「平安時代 女性 地位」と検索したら
バッチリ出てくるんです。
それなのに、まず検索ができない。
「平安時代」で検索しちゃうんですよ。
それだとたくさん出すぎちゃう。
ワトソンなら「平安時代 女性 地位」って
適切にキーワード検索して、重みもつけるのに、
高校生は単語ひとつで検索をしようとした。
糸井
単語ひとつだと無理でしょうね。
新井
検索って慣れていそうなのに、
意外に検索がうまくないんですね。
糸井
それは、なんていうんだろう、
愛することには技術が必要ですねというのと
同じじゃないですか。
新井
ああ、なるほど。
早野
そこで、まずいと気づいて、
読解力を測るためのリーディングスキルテストを
開発する方向に進んだわけですね。
新井
1番ができなかったのは、
問題が難しすぎたんだろうと思ったんです。
それで、「係り受け」の問題をつくりました。
たとえば、
よく例に使われる「アレックスの問題」です。
糸井
本に書いてあったのを読みました。
新井
はい。これです。
(問い)次の文を読みなさい。
Alex(アレックス)は
男性にも女性にも使われる名前で、
女性の名Alexandraの愛称であるが、
男性の名Alexanderの愛称でもある。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる
最も適切なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

Alexandraの愛称は(   )である。
①Alex ②Alexander ③男性 ④女性

できるだろうと思ったんですよ。
私の予定としては、
「係り受けはAI並みにできます」となるはずだった。
「だけどそこはAIもできますから、
後半が問題になります」だろうと思っていた。
ところが、最初からつまずいちゃったんです。

文脈あってこそのリアリティ

糸井
単なる思いつきなんだけど、
途上国で活動している人にヒントはないでしょうか。
僕らの友達のライさんとジョシさんは、
最低賃金どころか、中東への出稼ぎで
命を落とすような危険な仕事につくしか
選択肢がないところで、
自分たちの学校を作ろうとしている。
早野
ネパールですね。
糸井
学校を作って
子どもたちをどうしたらいいかを考えている。
彼らみたいな人が、
どういうふうに何をして何を変えたか。
そういうことが参考になるんじゃないでしょうか。
たとえば、いま新井さんが言ったような人って、
家庭教師がついたらこのぐらいは伸びますとか。
早野
それこそ、
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』に対して、
「どうすればいいか書いてない」みたいな
批評を書く人がいるわけですが、
何かをすれば良くなるっていう処方箋は
まだないわけですよね。
新井
残念ながら、まだ見つかっていません。
でも、希望はあります。
リーディングスキルテストを活用している
埼玉県戸田市の例から考えると、
先生が生徒全員について
「この子はここまでしか読めない」っていうのを
把握してから教えると、教え方が変わるんですよ。
つまり、「この子は数学のテストで
75点ぐらい取ってるから、わかってるのかな」
と思っていたら、
実は教科書が読めてないことがわかった。
それなら、「ちょっと音読してみようか」とか、
「ここ書き写してみようか」とか、
「どういう意味か言ってみようか」とか細かく指導する。
すると1年ぐらいで、
学力テストが県内1位になったんです。
だから読解力をつける道はあると思うんです。
先生が実情を正確に把握して、
その子その子に合わせて対応すると、
違ってくるんですよね。
人間だから。やっぱり人間は偉い。
糸井
進化というか進歩って、
そんなに難しいことじゃないと思うんですよね。
新井
ええ。ただ、いまのところわかっているのは、
「こうやって、こうやって、こうやるんです」
みたいな方法論ではないんです。
言語化できるような、
パワーポイントで表現できるような方法ではなくて、
ある子がこれぐらい読めないっていうのを
人として先生が認識して、
なんとかしてあげなきゃって思うことから始まる。
まだそのくらいしかわかっていないんです。
しかも、「それは誰にでも効くのか」っていうと、
そうではなくて、ケースバイケースなんです。
それがまさに人間力なんだと思うんですけど、
本にすると「処方箋がない」と言われちゃうんです。
糸井
そうですね。そっちのほうが問題ですよ。
早野
うん、うん。
新井
これって本当に文脈依存なんですよ。
文脈依存であるからこそのリアリティなんです。
文字で書いた方法論っていうのは
数学なんですよ、結局。
糸井
そうか!
新井
記号なんですよ。
だから文脈依存じゃないような方法論には、
やっぱり限界があるんです。
で、実際に調べてみて、先生が認識すれば
子どもの読解力は向上する実態があるんだから
信じればいいのに、信じない人がいる。
でも、自転車に乗る方法、って言語化できないでしょ。
「練習すれば乗れるようになるよ」くらいしか言えない。
それと同じだと思うんですけどねぇ。
自分の人間力を信じられないってことなんでしょうか。
「自分の大切な生徒が教科書を読めていない」って
思ったときに、先生が起こす人間としての行動力を
信じられないというのは悲しいことですよね。
私は、先生たちにはそういう能力があるって
信じたいんです。
糸井
もっとたくさんお話したいですね。
一回では、とても終わらない。
新井さん、また違うことでもお話しましょう。
新井
違うことって何でしょうね?
糸井
なんだろう。
こうしてるのがいいとか悪いとか、
僕らなりに考えてるわけです。
現状がどうなってるからっていう以上に、
「こうありたい」というので動くわけで、
ビジョンも失敗もその中にあるんですよ、きっと。
新井さんとやりとりをしてるとわかることが
結構あるような気がするし、
僕にとっても重要な部分なんで、ぜひまた。
早野
本の中に「ほぼ日」が登場したことがきっかけとなって
今日という場がセットされたというご縁もあるので、
ぜひまた。
新井
はい、ぜひ。
あ、一緒に写真撮ってもらっていいですか?
糸井
いいですよ(笑)。
新井
やったー!

(座談会はこれで終わりです。)

2018-05-18-FRI