怪・その18

「ごはんの匂い」



もう50年も前の話になります。
冬のある日、父が突然仕事先から、
いらない、と言われた秋田犬を
もらって帰って来て
家族が腰を抜かしました。

犬好きの父でしたので、飼うことになりました。
小学校低学年の私が
背中に乗れるくらいの大きさで、
「太郎」と言う名前で、
大人しく優しくてほんとうに可愛い子でした。

そして夏になり、具合が悪くなり、
病院に行くと
「この子、フィラリアにかかってたよ」
と言われました。

じつは、病気なったからいらない、と
うちにくれたようです。
我が家ではせいいっぱい看病しましたが、
亡くなり、小さいながら悲しくて
ずーっと泣いて暮らしていました。

翌年の夏、家の横の、
太郎を飼ってた屋根付きの納屋のような場所は
自転車置き場になっていました。

お盆になった時、遊びから帰ってきて
自転車をしまおうした時、

あれ? ん? この匂い? ん?

たしかに、匂いがします。

頭の中で記憶がどんどんさかのぼりました。

あ! ‥‥太郎のごはんの匂いだ。

え? でもなんで?

子供だった私は、
何が何だかわからないまま。

大きなカネの洗面器で、
昔なので、
ねこまんまのようなご飯をあげてました。
猟師町だったので、
いつも魚を茹でこぼした、
太郎には美味しいご飯だったと思います。

その夕飯を持っていくのは
私の役わりで、
その煮汁の匂いは独特だったので
脳が、鼻が、ハッキリ覚えていて、
その匂いが蘇ってきて、怖くなりました。

え? 太郎? 太郎なの?

戸惑いながら、言いました。

すると大きな

『ゲフッ』

という、太郎のゲップが聞こえました。

今思えばきっと、
「美味しかったよ」と
言っていたのだろうと思いますが、
私はびっくりして、
自転車のスタンドを止めもせず、
放り投げて家の中に駆け込みました。

台所にいた祖母に、アワアワしながら
「太郎が‥‥太郎が‥‥」と話をしたのを、
お盆になると思い出します。

(c)

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2023-08-13-SUN