伊藤まさこさんの「白いお店。」

彫金作家の
竹俣勇壱さんといっしょに
「白いアクセサリー」を
つくりました。
  • 金沢を拠点に活動をつづける
    彫金作家の竹俣勇壱さんの作品は、
    高い技術×シンプルさで、
    “知るひとぞ知る”人気があります。
    伊藤まさこさんも、そのファンのひとり。
    うつわやカトラリーでも知られる竹俣さんですが、
    じつはアクセサリーが出発点であり、
    現在もそこに軸足を置いています。
    伊藤さんの提案で、「白」をテーマにして、
    バランスがよく、扱いやすく、かわいい
    ピアス・ネックレス・リングをつくりました。

  • 竹俣勇壱さんプロフィール
    (たけまた・ゆういち)

    1975年金沢生まれ。95年に彫金を学びはじめ、アクセサリーショップを経て2002年に独立、オーダージュエリー中心に活動を始める。2004年、アトリエ兼ショップ「KiKU」オープン、2007年には生活動具の製作も開始。2011年、金沢東山に2店舗目となるアトリエ兼ショップ「sayuu」オープン そこを拠点にしながら、全国での展覧会も積極的に開催している。フルオーダーメイドのウェディングリングは、 シンプルで品があり、ながく飽きないデザインで高い人気がある。 金沢では、「ふたりでつくるマリッジリング教室」なども開催している。
    竹俣さんのウエブサイトはこちら

【その2】竹俣さんは、なぜ彫金の道へ?
伊藤
その最初のお店が、
いまの「KiKU」や「sayuu」のようなお店の
原形になったんですか。

▲カトラリー。自分では調理をしないという竹俣さんだが
「伊藤さんの助言で、フォークを長くしたりと、改良をしています」。
竹俣
それが、当時のお店に、品物はゼロでした。
工房と商談テーブルだけ。
お金がないので、つくりたくてもつくれないんです。
だから注文が入ったら内金を入れてもらい、
それで材料を仕入れて、つくって、
完成したら残金をいただく、
そんなやりかたでした。
そんななか、アンティークジュエリーの
ディーラーをしているお金持ちのおばさんが来て、
「アンティークジュエリーの修理をやってほしい」
という仕事を依頼してくださったんです。
伊藤
それは、手がかかりそうな。
竹俣
そうなんです。アンティークジュエリーの修理って、
僕らの業界では、やりたくない仕事NO.1、です。
なぜかっていうと、もともとの値段が
とても高いもののうえ、
代わりがききませんから、失敗が許されないんです。
高い物でも、新品だったら、
万が一失敗しても、代えがきくのですけれど。
でもそれだけに、修理費も高くもらえる。
何千万円分ものジュエリーを預かって、
仕事をしていました。
当時の自分にとっては、うれしい仕事でした。
でも、気がつくと、
そればかりやっているような状態になりました。
そんななか、失敗をするんです。
300万円の指輪でした。
結果としては「なんとか修理できた」んですが、
ほんとうに肝を冷やしました。
そのことをきっかけに、
アンティークジュエリーの修理は
「もうやめよう」と思いました。
本来やりたかった、
つくりたいものをつくる仕事をしよう、と。

しかも、その川沿いの喫茶店を改修した店は、
わかりづらい場所だったうえに、
目の前の道が大雪で1カ月間通行止めになったりもして、
なかなかあたらしいお客さんが来ませんでした。
そこで移転をしました。
新竪町っていうところで、友達がカフェをやっていて、
辞めるというので、そこをそのまま借りたんです。
それがいまもある「KiKU」という店です。
伊藤
やっと現在の竹俣さんが見えてきました。
新竪町ってすてきなところですよね。
金沢らしい骨董屋さんもあれば、カフェもあり、
北欧家具屋さんがあったりもして、
今、すごくかわいい店がいっぱい並んでいますよね。
竹俣さんが「走り」みたいな感じなんでしょうか。
竹俣
いや、走りっていうわけではないです。
その前にもう雑貨屋さんとかありました。
でも、同世代の人達のお店では、
わりと最初の方だったと思います。
そして、そのあたりから、
やっと「つくりたいものをつくる」仕事が
軌道にのりはじめたんです。
ちょうど21世紀美術館のオープンの年で、
県外の人も来たし、雑誌の取材もいっぱい入って、
町屋ショップみたいものが流行り始めたときで。
いまから11、12年前のことでした。
県外のギャラリーの人や、
百貨店の人も来てくださるようになり、
県外の取引が増えていった、という感じですね。
伊藤
ここ「sayuu」もそうですが、竹俣さんのお店は
インテリアが、とても素敵ですよね。
そして、アクセサリー以外にも
生活の道具や、茶器まわりの道具、
そして骨董も置かれています。
そういうふうに広がっていったきっかけは
何だったんでしょうか。
竹俣
あるとき、店に、
塗師の赤木明登さんがふらっと来たんです。
お店の子が「私じゃ手におえなさそうなおじさんが
来てるから、相手してください」って言うんですよ。
ぼくは面識がなかったけれど、
もちろん知っていましたから、
「うわ、赤木明登さんだ!」って。
そのとき僕はジュエリーしか
作っていなかったんですけど、
カトラリーを仕入れて、置いてはいたんです。
新潟の燕とかで作っているような、
ちょっとクラフトっぽい物を置いて、
“ここはカトラリーコーナーです”って
分かりやすくするために、
自分で小っちゃいスプーンを作って、
壁に掛けてたんです。
それを見て赤木さんが
「これって、古い物なんですか?」と。
「いえ、僕がつくったんですけど」
「そうでしたか。じつは今、茶箱を作っていて、
 その茶箱の茶さじに使いたいので、
 もうすこし小さく作れませんか」
それで3本、違うタイプで作って持っていったら、
ぜんぶ買い取ってくださったんですね。
ぼくは茶道具をつくったつもりはなく、
余った金と余った真鍮を使っているので、
ほんとうに安い値段を提示したんです。
そうしたら「お茶道具なんだから、
そんな価格をつけたらだめだよ!」みたいに言われて。
でもいきなり高い値段をつけるわけにもいかないので、
最初の価格で買ってもらいました。

しばらくしたら電話がかかってきて、
「竹俣さんが作った物を入れた茶箱を展示するから、
 見においで」
と、東京の銀座のギャラリーの、
赤木さんの個展に誘ってもらいました。
行ってみると茶箱が3つ並んでいて、
紙が貼り出してありました。
「茶碗・安藤雅信、内田鋼一
 茶入れ・赤木明登
 菓子器・長谷川竹次郎
 茶杓・竹俣勇壱」
って名前が書いてあったんです。
僕はそのとき初めて名前を東京で出したんですよ。
それまでは、お店として百貨店などに出ていたので、
個人名を出して活動したことがなかったんです。
伊藤
ふむふむ。
竹俣
その頃は赤木さんがぐんぐん注目されはじめた頃で、
いろんなギャラリーの人や百貨店の人が来ていました。
ぼくはまったくの無名で、
有名な人にまじって、
なんかよくわかんないやつが1人入っている状態です。
見てる人達も「この竹俣勇壱ってのは誰なんだ」
みたいになってしまったんですが、
「このメンツの中に入ってるんだから、それなりだろう。
 自分達が知らないだけだ」みたいにもなって。
伊藤
それは願っても無いチャンス。
竹俣
それがきっかけで、
展覧会をやりませんかという依頼を
いただくようになりました。
けれども、茶杓を3本つくった、
それも赤木さんに頼まれて作っただけだから、
おいそれと展覧会なんて、できませんよね。
でも結構依頼があるのでどうしよう、
と思ってるときに、
同じ地元で作陶をしている岡田直人さんが、
銀座の「日々」(にちにち)で展示をするから、
一緒にやりませんか? と、
声をかけてくださったんです。
そこで、2、3週間かけて新作をつくり、
赤木さんに頼まれた物や、
京都のお香屋さんのためにつくっていたお香立てなどを
持っていき、「日々」さんのお眼鏡にもかない、
展覧会をすることになりました。
先方も「赤木明登の秘蔵っ子が、初めて名前を出す」
みたいな感じで扱ってくださって、
作家としてデビューをすることができたんです。
伊藤
そこからが、私の知っている竹俣さんですね!
私も、そんなつながりで、お名前を聞きましたから。

(おわり)
 
さりげなくて、かわいくて、でも大人っぽくて。
そんなアクセサリーがあったらいいのにな・・・
そう思っている時に出会ったのが、
竹俣さんの作品です。
最初、目にしたのは赤い石のネックレス。
それに憧れて私が手に入れたのは
同じ形のネイビーのものでした。
つけていると褒めてくださる方がとても多く、
すっかり気に入りとなったのですが、
次第に、白い石で作ってもらったらすてきかも、
そんな想いがつのってきました。
シャツの襟元からちらりとのぞかせたり、
シンプルな薄手のニットを着た時のアクセントにしたり。
ああ、欲しいなぁ。
あったらいいなぁ。
そうだ作ってもらおう!
竹俣さんに相談し、
何度も試作をかさねて・・・・
やがてでき上がってきたのは、
やさしく肌に溶け込むネックレス、
そしてピアスと指輪の3種類。
さりげなくて、かわいくて、でも大人っぽい。
私が頭に思い描いた通りのものでした。(伊藤まさこ)
 
2016-08-10-WED
  • 小さなアクセサリーは
    1ミリ、もしかしたらもっと細かい単位の違いが
    デザインに大きく響きます。
    私が、こんなものが欲しい。
    そう大まかに伝えただけで、
    欲しい形ができあがったのは、
    ひとえに竹俣さんのセンスのおかげだと思っています。
    彼の作品を見ただけではなく、
    工房にうかがってふだん使っている仕事の道具や、
    店のしつらいを見せていただいたり、
    なんともない話しの中から、
    もの作りに対する想いが聞けたりする中で、
    この人は、言葉にならない私の細かいニュアンスを表現してくれる。
    「彼になら、まかせることができる」
    そんな安心感が生まれました。
    (伊藤まさこ)
  • ムーンストーンの白いリング
    ¥43,200(税込・配送手数料別)
  • ムーンストーンの白いピアス
    ¥20,520(税込・配送手数料別)
  • ムーンストーンの白いネックレス
    ¥29,160(税込・配送手数料別)
ジュエリーはすべて完売いたしました。お申し込みありがとうございました。
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
スタイリング:伊藤まさこ 撮影:有賀傑 ヘアメイク:廣瀬瑠美 モデル:満島みなみ